2014年6月21日土曜日

どのように慣性モーメントを調整できるのか、その可能性と限界

4、どのように慣性モーメントを調整できるのか、その可能性と限界
前項で得られた値により、鍵盤手前で感じる慣性モーメント値はハンマーによるものが一番大きく、次に鍵盤が続き、ウイペンはその中では一番小さい影響しか与えないということがわかりました。
しかし、現実を考えてみるとハンマーはかなり小さく、その質量を調整できる幅はかなり少ないことに気づきます。ハンマーウッド部を減量するためにテールや側面を削るにしても限界がありますし、重さを加えるために専用鉛を入れるにしても入れるためのスペースはかなり限られています。調整範囲としてはそれぞれ最大で1g程度が限界です。
もちろん、ハンマー(HSW)1gの調整は慣性モーメントに換算するとかなりの量になります。たとえばハンマーの重さ1g減らすと仮定すると、鍵盤手前において18,632 gcm2 (1g x 132 x 10.52)慣性モーメントを減らすことになります。HSWを10g(一般的なピアノで中音部のハンマー)であれば1gの軽量化は10%の慣性モーメント減量に結びつくわけです。ちなみに、もうひとつのタッチを決める要素であるバランスウエイトもアクションストライクレシオを5.5とした場合、ハンマー1gの減量は5.5gの軽量化につながります。(バランスウエイトやアクションストライクウエイトはスタンウッドシステムで使用する概念です。それらに関してはこの文章では説明いたしません。)
この数値はタッチを軽くするには十分なものです。単純に言えば、ハンマーを1g軽くすればタッチが重いという問題は解決することができます。ただ、ハンマーの軽量化に関しては別の角度からも考察が必要です。一つは音色の問題で、もう一つはピアノ全体の中での一つ一つのハンマーの重さをどうするか、という問題です。
ハンマーの重さと音色は密接な関係があります。中低音は弦が重いのである程度のハンマーの重さがないと良い音色が得られません。たとえば、中音に次高音のハンマーを装着したと想像してみるとどうでしょう。十分な音量とふくよかな音色が得られるとはとても思えません。なぜなら、ハンマーが軽すぎるからです。しかしハンマーが重過ぎると、タッチが重くなりすぎ連打も効かなくなります。鍵盤鉛を入れてダウンウエイトやバランスウエイトを軽くしても慣性モーメントが増えて解決にはなりません。
もうひとつ、HSWをピアノ全体に測定して見ると、それぞれの音によりかなり重さのばらつきがあることに気が付きます。たとえば、低音と中音の境目では1g近く異なることもあります。スタンウッドの研究で述べられているようにHSWを滑らかに調整することによってタッチも音色も揃う、という考え方に立ちますと、タッチが重いからと一律にハンマーを減量してしまうことはあまり効果的ではありません。滑らかに調整するほうが全体の仕上がりは良いのです。その代わり重めのハンマーは多めに削り、軽めのハンマーは少なめに削る必要が出てきます。実際にその作業をしますと、0.2gから0.7gの調整幅が妥当な線であることがわかります。これらは鍵盤での慣性モーメントの調整値で見ると3,700 から11,200 gcm2になります。
逆に鍵盤は固有の慣性モーメントは大きいものの、他の部品を通じて伝わるわけではないので相対的に鍵盤手前での慣性モーメント値への影響は少なくなっています。しかし鍵盤はアクション部品の中ではかなりその体積が大きく、比較的簡単に重さの調整ができるメリットがあります。たとえば後に出てくる例(図版12)での計算を見ていただければわかる通り、いろいろな作業したあとに9,200 gcm2の削減が可能です。この数値は慣性モーメントの調整としてはハンマーの調整0.5gに匹敵する有益なものと言ってよいでしょう。
ウイペンの重さの調整はバランスウエイトや慣性モーメント双方にとって効果的な数値は得られませんので、ここでの議論には含まれません。
図版8にスタインウェイDの真ん中のC音のタッチ改良を例示しました。この例ではHSWは0.4g減量し、バランスパンチングの加工によってアクションストライクレシオを0.4減らし、そしてバランスウエイトを40gから38gに減らし、慣性モーメントを減らす方向での鍵盤鉛調整を施した場合の予想を紹介しています。鍵盤手前での慣性モーメント値は8%減らすことができると出ています。そのうち72%はハンマーの減量から、27%は鍵盤の鉛調整から効果を得ています。

8%少ない慣性モーメントと5%小さいバランスウエイトで、改造後のタッチがかなり軽くなるのが見込めるわけです。

(図版8) ハンマーの軽量化と鍵盤鉛調整によって慣性モーメント値とバランスウエイト値を共に減らすことができる。

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