2013年11月30日土曜日

タッチを変える Page 21: 中村フロントウエイト計算表


前回のスライドではバランスウエイトと慣性モーメントをフロントウエイトを仲立ちにして関係付けることができる、という説明をしました。ここでは具体的に表を使って見ていきます。

上に位置する大き目の表がフロントウエイト計算表です。下の左側がスタンウッドの公式計算表、下の右が慣性モーメント(鍵盤)計算表です。

フロントウエイト計算表の一段目はオリジナルのまま測定したフロントウエイトです。この場合28.9gですが、この数値はスタンウッドの表のオリジナルでの測定値が入力されているところから自動的に表示するように設定してあります(赤色の線)。

慣性モーメント計算表の一段目は黄色くハイライトしてありますが、これがオリジナルでの測定値です。ここから計算で求められたフロントウエイト値はフロントウエイト計算表の二段目に自動的に表示されます(青色の線)。

一段目の数値と二段目の数値では若干の違い(2.2g)があります。これは実測値と計算値の違いで、誤差が生じても別におかしいことではありません。後でタッチの重さを変更するためのシュミレーションしていく中でこの数値を繰り入れて補正します。

次のスライドで詳しく述べますが、スタンウッドの公式の最下段にあるフロントウエイト値はそのシュミレーションをして出てきた想定値です。これはコンピュータ上での推測の数値で、いくつかの改善策を施してみた結果得られるであろうという数字です。実際にアクションをいじらなくともまずこの段階で作業の方向性を決めることが可能です。

というわけで、ここに出てきた期待フロントウエイト値は24.9gです。この値は改造を施した後に出てくるであろうと想定した実測値ですので、その時の計算による想定値はこれより2.2g小さくなることが予想されます。なぜなら、オリジナルの計算値はオリジナルの実測値よりも2.2g小さかったのですから、改造後も同じようなギャップがあると予想できるのです。

すると、慣性モーメント計算表の鉛の位置と質量を適度に入れ替えて、その配置で計算されて出てくるフロントウエイト想定値がこの場合24.9-2.2=22.7gになるのであればその鉛の配置が改造後の位置になると言えます。そして、その時の慣性モーメントの値が改造後に想定される値だとも言えるわけです(緑色の線)。

このようにして、スタンウッドの公式計算表と慣性モーメント計算表をフロントウエイト計算表を仲立ちとして結びつけることができました。次のスライドでは、どのようにシュミレーションしていくのか具体的に見ていきます。

2013年11月29日金曜日

タッチを変える Page 20: 鍵盤鉛の位置の違いによるフロントウエイトと慣性モーメントの関係


これまでアクションの重さを決める2つの要素、バランスウエイトと慣性モーメントについて説明してまいりました。バランスウエイトは鍵盤の基本的な動きを決める重さで、スタンウッドの提唱したやり方で求めました。慣性モーメントはアクションの動的な抵抗値で、私の開発したやり方を利用して求めました。

この2つの要素は全く異なる角度からタッチの重さに影響しています。スタンウッドの方法の中には慣性モーメントの要素は入っていませんし、私の慣性モーメントの計算方法にはバランスウエイトは入ってきません。しかしながら全く関連がないかというとそうではなく、それらを結びつける方法があります。その鍵となるのがフロントウエイトなのです。

スタンウッドのやり方ではフロントウエイトを測定し、シーリング値と比較してある程度以上重くならないようにチェックします。すなわち、フロントウエイトが重い、と言うことは慣性モーメントが大きすぎるはずで動きが鈍いだろう、という観点です。シーリング値を見ながらフロントウエイトを設定して、鉛の配置を決めていきます。しかし、慣性モーメントの値を見ながら調整をするわけではありません。経験でパターンを決めているようです。(この辺に関して明確に説明した論文は発表されていません。)

私の慣性モーメント(鍵盤)計算表は基本的には鍵盤の慣性モーメントを算出するための表ですが、この表のデータを利用してフロントウエイトも算出できる優れものです。鉛の配置を変えるとそれに応じて慣性モーメントとフロントウエイト値がそれぞれ算出されます。それを利用するとスタンウッドの公式計算表と合わせてバランスウエイトと慣性モーメント(特に鉛の配置)の値とそれらの関係を意識的に設定するシュミレーションが可能になるのです。

このスライドでは、その原理を説明します。上の図をご覧ください。図では右端にてこの支点があります。てこには質量がないものとします。てこの左側の鉛の配置を変えて3例作りました。

一番上は大き目の鉛が左端の方に載っています。このてこの慣性モーメントは20g×(20cm)と計算できますので、その数値は8000gcmになります。この例でフロントウエイトを求めるには20gを20cm÷25cmにかければ良いのです。20cmの位置にある20gのおもりは計量点25cmのところではその重さで感じる、ということです。つまりこれがフロントウエイトですね。その数値は16gです。

2番目の例を見てください。今度は大と小の鉛が中央付近に載っています。最初の例と同じように計算しますと、慣性モーメントが5700gcmになり、フロントウエイトは16gと計算できます。先ほどの例と比べてみますと、フロントウエイトは16gと同じですが、慣性モーメントは29%減りました。

3番目の例です。これは3つの大きなおもりが支点に近いところに載っています。これも同じように計算します。するとフロントウエイトはやはり16gと先ほどの2つの例と同じになります。慣性モーメントは2920gcmになり、最初の例からみると実に64%減っています。

3つの例ではどれも同じフロントウエイトを持っているにもかかわらず慣性モーメントの値は大きく変化しました。つまり、同じフロントウエイトを実現するための鍵盤鉛の配置は無数にあり、それぞれ異なる(同じになることもあります)慣性モーメントを持つということが分かります。

私の慣性モーメント計算表はこの原理を利用しています。表計算ソフトですので、鉛の位置や重さを入れ替えることによって自在に慣性モーメントとフロントウエイトの値をシュミレートすることができるのです。

次のスライドから実際の計算表を使って具体的なバランスウエイトと慣性モーメントの設定の仕方を紹介していきます。

2013年11月28日木曜日

タッチを変える page 19: 鍵盤手前で感じる慣性モーメントの計算例


前回のスライドでは面倒くさそうな計算を紹介しました。実際どんな数字になるのか見てみるともう少し実感が湧くと思うので、あるホールに入っているスタインウェイのコンサートグランドの仕事から真ん中のC音だけを取り出して説明します。

まずは計算式を再掲します。鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメントは次のように求めることができます。

MoI (アクション全体 at K) = MoI (K) + MoI (W at K) + MoI (H at K)
        = MoI (K) + MoI (W) x (LKO// LWI)2 + MoI (H) x (LWO// LHI x LKO// LWI )2
一つ一つ考えてみます。

鍵盤は47000gcm2 の慣性モーメントを持っていました。これは鍵盤手前で感じるそのものですから換算する必要はありません。

ウイペンは単体ですと、756gcm2 の慣性モーメントでした。LKO// LWI  の値を計算すると2.41でしたので、等価慣性モーメントを求めると、756×(2.41)2 =4400gcm2 になります。

ハンマーは単体ですと、1758gcm2 の慣性モーメントでした。LWO// LHI x LKO// LWI  の値を計算すると10.5でしたので、同じく等価慣性モーメントを求めると、1758×(10.5)2 =194000gcmになります。

この3つを足しますと、

47000+4400+194000=245400gcm
という答えを得ました。この音を弾くときにはこの大きさの慣性モーメントを手元で感じるのです。それぞれの割合を見てみますと、79%はハンマーによる慣性モーメントで、19%が鍵盤によるもの、そしてウイペンは2%だけの影響を与えているのがわかります。

ハンマー自体の慣性モーメントは鍵盤のそれに比べて4%にも満たないくらい小さな値ですが、鍵盤手前では動いた角度の比の二乗がかけあわされたことによって非常に大きな値になってしまいました。

この例でわかることは、
1、ハンマーの重さは手元で感じる弾きずらさに大きく影響する。
2、ハンマー由来の等価慣性モーメントを減らすにはハンマーの重さ自体を減らすか、角度の比を小さくすることで調整可能である。しかしハンマーの重さは調整できるが、ハンマー自体かなり小さいので、調整できる幅は限定される。角度の比の調整は可能だが手間はかかる。
3、鍵盤はそれ自体慣性モーメントが大きく、調整できる領域も大きいが、その値の変更でタッチに与える影響は、ハンマーほど大きくはない。
4、ウイペンはそれ自体の慣性モーメントが小さく調整できる幅も小さい。しかも調整したことによるタッチへの影響は少ない。

詳しいことは後々で説明するとして、この辺で慣性モーメントのタッチへの影響が数値的に少し見えてきたことと思います。次のスライドからはこれまで説明してきた要素を踏まえて、どのようにタッチの調整をしていくのか説明していきます。

2013年11月27日水曜日

タッチを変える Page 18: 鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメント


前回までのスライドでハンマー・ウイペン・鍵盤と個々の部品についてどのように慣性モーメントを算出するか説明してきました。

ここで問題になるのが、鍵盤を弾くときに指に感じる慣性モーメント値はそれを単純に足せば良いのか?というところです。残念ながらそう単純ではありません。ウイペンもハンマーも途中違う部品を経由して鍵盤手前に伝わってくるので、それを考慮に入れなければなりません。

もちろん、その計算方法は先人たちが本の中に書いてくれています。私の読んだ本(「設計者のための慣性モーメント設計計算」川北和明・藤智亮著)では、連結された物体の入力点における慣性モーメント(等価慣性モーメント)は、連結された物体と入力点を持つ物体のそれぞれの角速度の比を二乗した値を、連結された物体の慣性モーメントにかけて求める、とありました。角度を単位時間で表した単位が角速度ですから、2つの連結された物体が同じ単位時間に動いた量を比べるのならば角度で書き換えても同じことですので、上の式では角度を使用しています。

上の図をご覧ください。入力点は鍵盤手前で、入力点を持つ物体は鍵盤です。ウイペンは鍵盤と連結していて、キャプスタンスクリューとウイペンヒールを接点として連結されています。鍵盤が角度θ動いたときにウイペンはθW の角度動きます。回転軸からの距離がそれぞれ違うのでこれらの角度は同じではありません。これらの角度の比は(θWK)で表されます。ウイペンの鍵盤手前での等価慣性モーメントは、ウイペンの慣性モーメントにこの比の二乗をかけた値です。

MoI (W at K) = MoI (W) × (θWK2

ハンマーも同じように考えることができます。ウイペンを中継していますが、結局は鍵盤がθK 動いたときにハンマーはθH  動きます。ですから動く角度の比は(θHK) で表されます。そこで、ハンマーの鍵盤手前での等価慣性モーメントは、ハンマーの慣性モーメントにこの比の二乗をかけた値です。

MoI (H at K) = MoI (H ) × (θHK2

鍵盤手前で感じるアクション全体の慣性モーメントは鍵盤の慣性モーメントとウイペンとハンマーの等価慣性モーメントを足したものですので、次のような式となります。

MoI (アクション全体 at K) =  MoI (K) +  MoI (W at K+ MoI (H at K)
             = MoI (K) +  MoI (W× (θWK)2 + MoI (H) × (θHK)2

この式で良いわけですが、角度を計測するのは困難ですので、計測可能な長さを使ってこの式を書き換えます。その説明は長くなるので、スライド36枚目くらいに参考として載せることにして、ここには結論だけ書いておきます。

 MoI (アクション全体 at K) = MoI (K) + MoI (W at K) + MoI (H at K)
        = MoI (K) + MoI (W) x (LKO/ LWI)2 + MoI (H) x (LWO/ LHI x LKO/ LWI )2
ここで、LKO は鍵盤の回転中心からキャプスタンスクリューの頂上中心までの距離、LWI はウイペンの回転中心とウイペンヒール下端のキャプスタンスクリューとの接点の中心までの距離、LWO はウイペン回転中心とジャック・ローラーの接点までの距離、LHI はローラー・ジャック接点からシャンクの回転中心点までの距離です。
この式に当てはまる慣性モーメントの数値と各距離を入れて計算することによって、ある鍵盤を弾いたときの合計慣性モーメントが求められるのです。

ここまで来るともう勘弁してくれ、という声が聞こえてきそうです。大丈夫です。ここまで込み入った計算はこれで終わりです。次のスライドでは具体的にどのような値になるのか見ていただき、その後はタッチの重さをどのように決めていくのかに進んで行きます。

2013年11月26日火曜日

タッチを変える Page 17: 鍵盤の慣性モーメント計算用のテンプレート


このスライドでは、具体的にどのように鍵盤のテンプレートを作り、そして慣性モーメントを求めるのか説明していきます。

まずテンプレートを作成するための、測定しようとする鍵盤が余裕で入る大きさの紙を準備します。私は通常低音・中音・高音から白黒各一鍵ずつサンプルを取って、写真のようにバランス位置を基準に揃えて並べます。鍵盤の横側にバランス位置は書いておきます。

鍵盤の外形線をまず写し取ります。次に鉛の中心位置に印を付け、その直径と長さを記録します。距離はあとで測定します。座板中や座板後、鍵盤厚さの変わる位置にも印をつけます。キャプスタンスクリューの中心位置、バックチェックの重心位置にも印をつけます。

鍵盤の厚さと幅を測定し書き込んでおきます。鍵盤の幅は奥と手前で違うことがありますし、白鍵手前は太くなっていますので、それも忘れずに測定しておきます。鍵盤の厚さはスプルースの部分だけ記録します。座板で使われているかえであるいはならは重いので、座板は鍵盤スプルース部とは別に厚さや幅、長さを記録します。

写真の中で赤線と青線が鍵盤を横切っています。赤の線は白鍵のバランス位置を0として、前後にそれぞれ4cmずつ区切っている線です。前のスライドで鍵盤を単純に6つの部分に分けましたが、本物の鍵盤では4cmずつに区切って体積を計算し、比重をかけてそのブロックの質量を求めます。黒鍵は青線で区切られています。

キャプスタンスクリューは抜くことができるので、一本抜いてその質量を量ります。バックチェックもそうできるようであればしても良いですが、工房にあるスペアの部品の質量を利用しても大きな誤差は出ないと思います。白鍵用材の象牙・プラスチックや黒鍵用材の黒檀・プラスチックも同様にスペアの部品の質量で代用します。個々の距離は先ほど作ったテンプレート上でバランス位置からそれぞれの中心あるいは重心位置までを測定しておきます。

鍵盤鉛は直径と長さから体積を出し、比重をかけて質量を求めます。距離も測っておきます。

これらのデータは私の作った中村慣性モーメント(鍵盤)計算表に入力します。そうすると、慣性モーメントが自動計算されて表示されます。

この表でフロントウエイトも計算することになりますので、そのために必要になるバランス位置から計量点までの距離もここで測定し、表に入力しておきます。これが後で重要な役割を果たします。

これで、ハンマー、ウイペン、鍵盤と3つのアクション部品の慣性モーメントの計測ができました。しかしハンマーとウイペンの数値はまだ、鍵盤手前で感じる慣性モーメント値ではありません。それを計算するためにはもう一段階計算を進めなければなりません。次のスライドでそれを説明します。

2013年11月25日月曜日

タッチを変える Page 16: 鍵盤の慣性モーメント


鍵盤は一本の棒状であるため、単純な構造と言えますが、細長くいろいろな付属物が付いているので慣性モーメントを求めるには少々手間がかかります。基本的には小さい部分に分けてそれぞれの値を合計する、というのは同じです。ここでは上図にあるモデルで説明します。

木部は6分割してあります。それぞれの質量はm1, m2, m3, m4, m5, mです。回転中心からの距離はs1, s2, s3, s4, s5, sとします。鍵盤前側には鉛が一個入っていて、質量がmL 、距離がsです。鍵盤後ろ側にはキャプスタンスクリューがあります。この質量はm、距離がsCです。鍵盤手前にWPという点がありますが、これは鍵盤ウエイト測定点で、慣性モーメントの算出には直接関係ありませんが、後のアクションウエイトの分析の時使うことになるので、図に入れています。

これらの部分を一つ一つ計算して合計します。すると、図の中にもあるように、
MoI(K) = m1(s1)+ m2(s2)+ m3(s3)+ mL(sL)+ m4(s4)+ m5(s5)+ m6(s6)+ mC(sC) 
という式になります。長くておどろおどろしい式ですが、単純に全部足しているだけです。実際のピアノではこれが20項目近くありますので、根気の要る作業です。もちろん表計算ソフトを活用しますので表さえ作ってしまえば楽ですが、表に計算式を入れたりチェックしたりするのは少し手間がかかります。

鍵盤は一台の中でも個々の鍵盤により数値が違います。白鍵と黒鍵でも違いますし、高音と低音でも違いがあります。特に鍵盤の長さが低音から高音にかけて短くなっているような機種(大きめのピアノ)では低音と高音でかなり異なります。

いくつか例を上げてみますと、あるホールにあるスタインウェイのコンサートモデルでは白鍵最低音が72000gcm2 、真ん中のC音が50400gcm2 、最高音部の黒鍵A#音は25600gcmでした。実に大きな違いがあるのがわかります。黒鍵は短いので理論からもわかるように慣性モーメントの値は白鍵に比べてかなり小さくなります。低音は鉛も多く鍵盤も長いので慣性モーメントは大きく、高音は鉛が少なく鍵盤も短いので慣性モーメントは小さめです。

他のモデルを見てみますと、普通のグランドピアノの一つであるヤマハのC3の真ん中のC音では31000gcmで、上記コンサートグランドよりかなり小さくなっています。極端な例として、カワイのアップライトK3での同じC音を上げてみますと、なんと6000gcmしかありませんでした。数値だけみてもちょっと軽すぎて心地よい抵抗感を持つタッチにはならないのでは?という気がしてしまいますね。反対に先ほど上げたスタインウェイのコンサートピアノは,、数値から見るとかなり重いように見受けられるので、普通の人にとっては抵抗感がありすぎてコントロールするのは難しいのではないかという疑問も湧いてくるでしょう。

慣性モーメントの数値が大きいと角加速度を与えるのにより大きなトルクを与えないといけないので、それが大きいグランドピアノのタッチは一般に重いという人が多いのが理解できます。たとえバランスウエイトが普通であっても弾いてみるとそのように感じるわけです。

アップライトの鍵盤の慣性モーメントは小さいので、小さなトルクで弾けて良いわけですが、ちょっと大き目のトルクを与えても、「ため」がないので鍵盤がすかっと動いてしまい、弾き心地という点で見ると軽すぎると感じる人が多いのではないでしょうか。

タッチの重さを決める2番目の要素である、慣性モーメントについて感覚的にそしてその計算方法を理解していただけたでしょうか?人によって心地良く感じるタッチの重さは違いますが、ある程度その範囲は絞れてくるでしょう。その範囲にその弾き手に合わせて意識して調整していければしめたものです。これまで上げてきたやり方でバランスウエイトは数値化でき、慣性モーメントも数値化できるわけですから、それらをどのくらいの量調整すればその弾き手が満足するか、それを実際に数値として加減できるこの技術はタッチのコントロールに非常に威力を発揮します。

次のスライドでは具体的な鍵盤の慣性モーメントの計測方法を説明します。それ後はこれらの数値をどのように調整していくのか、という領域に入っていきます。

2013年11月24日日曜日

タッチを変える Page 15: ウイペンアッセンブリーの慣性モーメント


ウイペンの慣性モーメントを求めます。ウイペンはハンマーほど単純な構造ではないので、分解・切断して部分ごとに値を求め合計します。後ほど分かってきますがウイペンはアクションの3つの部品の中で一番タッチの重さにかかわりが少ないので、あまり重要ではありません。

また、ハンマーや鍵盤と違い一台のピアノの中で個々の重さの違いがほとんどないので、サンプルの数値さえ持っていれば、同じメーカーの同じ仕様のアクションならば、どの音域でもそのまま数値としても使って良いと思います。いろいろな種類のデータを得るには、多種類のスペアのウイペンを分解・測定するのが必要になるでしょう。

さて、写真は工房にあったスタインウェイの古い部品です。センターピンを外して分解できるものは分解して、ウイペンレバーとレペティションレバーはそれぞれ4つと2つに切断しました。フレンジはシャンクと同じく動かない部品なので、慣性モーメントには関係ありませんから取り除いてあります。合計8つの部分に分けました。

それぞれの部品の重心をチェックして印をつけます。個々の質量を測定し、回転軸(ウイペンセンターピン)から重心までの距離を測定した上で、例の通り計算して行きます。すなわち、個々の部分について質量×距離の二乗の数値を求めた後、合計します。このウイペンの値は756gcm2 でした。

もう一つの例として、WNG社製のウイペンが手元にあったので同じように測定しました。このウイペンは705gcm2 で、スタインウェイのものより約7%小さい値でした。

先日のシドニーのコンベンションにはこれを設計したブルース・クラーク氏が講師の一人として来ていて、私もその講義を聴く機会がありました。その講義の中でこのウイペンが慣性モーメントの影響を最小限にするためにできるだけ質量を減らし、しかもなるべく回転軸に近くなるように工夫したと述べていました。全体にかなり大胆な肉抜きが施されているのがわかりますし、特にレペティションレバーの支点になる部分の形状にはそれが良く現れています。

Wessell, Nickel & Gross 社製コンポジットウイペン 

*この商品に興味のある方はWNGのウェブサイトhttp://www.wessellnickelandgross.com/をご覧ください。

2013年11月23日土曜日

タッチを変える Page 14: ハンマーアッセンブリーの慣性モーメント


さっそくハンマーアッセンブリーの慣性モーメントの求め方を見ていきましょう。まず、左上の写真を見てください。ハンマーアッセンブリーが4つに切断されています。なお、フレンジはレールに固定されていますので回転部分の一部とはなりません。回転部分でなければ慣性モーメントの計算には入りません。

シャンクがフレンジセンターから4cmごとに切断されています。理論から見るとだいぶ大まかですが、まずはやってみましょう。個々の部分をはかりで量って、それぞれの重心までの距離の二乗と掛け合わせて全部足せば、慣性モーメントが計算できます。どの部分も便宜上重心は形状に関係なく中央としました。

図のようにそれぞれの部分の質量をH1、2、3、とすると、重心への距離はそれぞれについて、13.2cm、10cm、6cm、2cmですので、上図にあるとおり、次のような式で表されます。

MoI (H) = H1 (13.2)H2 (10)H3 (6)2H4 (2)2

実際に数値を当てはめてこれを計算してみますと、1616gcm2になります。

しかし、実際に作業するハンマーでいちいちシャンクを切って測定することはできません。そこで、簡便な方法で求めるやり方を提案します。それが右の写真のやり方です。実際の作業ではこのやり方で求めます。

このやり方では、ハンマーストライクウエイトとフレンジセンターからハンマーウッドの中心線までの距離を使って求めます。上図にある通り

MoI (H) = HSW x (シャンクフレンジセンターとハンマーウッド中心線間の距離)2

このやり方のメリットは、シャンクを切らなくて良いというのはもちろんですが、ハンマーストライクウエイトはスタンウッドの計測ですでに測ってあり、ハンマーウッドまでの距離は定規で簡単に測れるため、非常に簡単な作業で済むというところです。ハンマーアッセンブリーの質量はかなりの部分がハンマーヘッドにあるわけですから、このやり方で求めた値もそれなりに信頼性の高いものです。少なくとも私たちの仕事には十分であると言えます。
ちなみにこちらで計算した先ほどと同じハンマーの慣性モーメントは1760gcm2になりました。

ちなみに単位は通常物理学で使われるKgmではなく、gcmを使います。われわれのやっているのは理論的な計算ではなく、ピアノに限定して使う実務的な計算です。扱う数値としてはこの単位で丁度わかりやすい数値に落ち着くので使っています。もっとも、この単位自体あまり見かけないものですし、そもそも作業上この単位の意味を深く考える必要はありませんので、あまり気にせずに読み飛ばしていただいて結構です。

もう一つ念のため書き添えておきますと、右の写真でハンマーウッドの中心線と緑の線がずれていますが、これはパワーポイントでの製作時に正確に線が乗らなかったためで、距離をあのようにずらして測る、という意味ではありません。距離の計測はセンターピンからハンマーウッドの中心線です。それから言わずもがなですが、ハンマーが斜めに接着されている音域では左右の距離を測って2で割り、ハンマー中心でのセンターピンからの距離を求めます。

次のスライドはウイペンの測定です。

2013年11月22日金曜日

タッチを変える Page 13: 慣性モーメントを算出する


理論的な慣性モーメントは、限りなく小さく分割した部分のそれぞれの質量とその部分の重心と回転中心の距離の二乗を掛け合わせて、全体に渡って足し合わせた数値です。上記の数式はそれを数学的に表していますが、参考のために上げているだけで、覚える必要はありません。

現実的には限りなく分けることも不可能ですし、それを合算することももちろん不可能です。ピアノ技術者が必要とする数値はそこまで厳密ではないので、私の分析では理論から見るとかなり大まかですが、あまり手数がかからない程度に分けて計算します。具体的なアクション部品の慣性モーメントの計算は次のスライドから見ていきます。ここでは、上図の物体の慣性モーメントを算出します。

天秤に使っている棒は重さがないとしています。天秤の両端のおもりは分割しないでそれぞれ一つの部分として考えてしまいましょう。そうすると、左のおもりは質量がM1で支点からの距離が l1なので、左のおもりの慣性モーメントは M1 l1となります。右側のおもりは同様に質量がM2で支点からの距離が l2なので、右のおもりの慣性モーメントは Ml2となります。

この物体は回転軸を中心に一体で動きますのでこの物体の合計の慣性モーメントMoIは、これら2つの部分を足せば良く、
MoI = M1 l1+ Ml2
で算出されます。

次のスライドでは実際のハンマーアッセンブリーの計測方法を説明します。







2013年11月21日木曜日

タッチを変える Page 12: 慣性モーメントはタッチの重さを決めるもう一つの指標である


いよいよなじみのない世界に入っていきましょう。慣性モーメントはタッチの重さを決めるもう一つの指標です。と言った所で、そもそも慣性モーメントとはなんだ、という質問が出ると思います。

そこで、それを説明するために少々物理っぽい話をしなければなりません。

まず、上図にあるような物体を考えます。支点が真ん中付近にあって、棒が渡されています。棒の重さはこの場合考えません。棒の両端におもりがそれぞれついていて、質量をM1M2、支点からの距離を l1 l2 とします。左側のおもりを指で押すことによってこの物体は回転運動を始めます。これを物理的に書くと、指でこの物体にトルクを与えると、角加速度が与えられて回転運動が始まる、ということになります。トルクと角加速度の関係は分かっていて、

T=Iα(トルク=慣性モーメント×角加速度)

という式で表されます。トルクと角加速度は比例関係にあり、大きなトルクをかければ角加速度は大きく、小さなトルクをかければ角加速度は小さくなります。慣性モーメントはその比例定数です。回転する物体の「回転しづらさ」を表しています。慣性モーメントが大きければ同じトルクをかけても得られる角加速度は小さくなってしまいます。逆に慣性モーメントを減らして同じトルクを与えれば得られる角加速度は増えるでしょう。

たとえば、上図の物体が倍の重さのおもりを持っていたとしますと、指で元と同じトルクを与えても動く時の角加速度がかなり小さくなってしまいます。つまり、指にはこの物体が動きづらい、すなわち重い、というように感じられることでしょう。

これはよく直線運動の運動方程式と対比されます。そちらはこんな式でした。

F=ma(力=質量×加速度)

見た感じがかなり似ているのがわかります。直線運動で「動かしづらさ」を表すのは質量です。重ければ動かすのに力がもっといるし、軽ければ楽に動かせます。

回転運動ではこれが慣性モーメントに対応しています。回転運動のため値の計算は質量に加えて
回転軸からの距離もからんできます。名前が一般的ではないのと捉えづらい概念なので分かりにくいものとなっています。 

現実のピアノで考えてみましょう。たとえばスタインウェイの小型のピアノは基準としてダウンウエイト47gで調整されています。つまり、低音でも高音でも47gのおもりを静かに載せると鍵盤がゆっくりと下がっていきます。実際にやってみるとわかりやすいと思います。ダンパーペダルを踏んで低音と高音で弾き比べてみます。ゆっくりと音が鳴らないくらいのスピードで鍵盤を押しましょう。どちらが重く感じましたか?

この場合、もしかしたら同じかそんなに違わないな、と感じるかもしれません。その通り、ゆっくり押し下げる場合はダウンウエイトの測定と同じ状況ですから指で感じる重さはまさにダウンウエイトの47g、低音も高音も同じはずです。

では次に強めにスタッカートで弾いてみましょう。そして、トレモロ(連打)も試してみます。先ほどと同じように低音も高音も同じじゃないかな?と感じたでしょうか。あるいは、低音の方がスタッカートだと抵抗感が大きく、トレモロもやりづらい、と感じたでしょうか?

この辺の感覚の問題は定量化できないので正解は、というわけにいきません。しかしながら、物理の考えから見ますと、ハンマーも重く、鍵盤の鉛も多い低音の方が動きづらいのです。動きづらいというのは、鍵盤を弾く指から見ると動かすのにより大きいエネルギーを必要とするので、「重い」というように表現になるでしょう。低音の方が慣性モーメントが大きいのです。

慣性モーメントはピアノ技術者の世界では計測不可能だとか、計量するには特別な装置が必要だと、言われてきていました。私もしばらく前まではそうなのか、くらいしか考えていなかったのですが、あるとき高校時代に習った「慣性モーメントはある物体の小さな各部分の質量を回転軸からの距離の二乗とかけた数値の総計である」といったような説明の断片的なイメージが上がってきて、あれ、それだったら別に計測不可能でも何でもないのではないか?と思い当たったのです。

単純にアクション部品をある程度の小さい部分に分割してみたらどうだろう、質量は求められるし、距離も計測できる。ちょっとやってみようか、ということでやってみたところ、けっこう上手くできることがわかり、表計算ソフトも利用していろいろ試しているうちにスタンウッドの公式ともつながってきて、今の形が出来上がりました。思ったよりも広い世界に出ることができました。その成果がこの講義、特に後半部分の内容になっています。

次のスライドでは慣性モーメントがどのように計算できるのかを説明します。

2013年11月20日水曜日

タッチを変える Page 11: バランスウエイトはタッチの重さを示す指標の一つ


講義ではここで2つの自作の鍵盤モデルを希望者に弾いてもらい感想を聞きました。1つ目(モデルA)はバランスウエイトが40gでフリクション10g、もう1つ(モデルB)はバランスウエイトが50gでフリクションがやはり10gに調整したものです。

ダウンウエイトを考えてみますと、モデルAは50g、モデルBが60gとなります。ダウンウエイトを測定するときのように、ゆっくり鍵盤を弾き下ろしたときに感じる重さはそれぞれ50gと60gに感じますので、もっと力を入れないと降りていかないモデルBのほうが重く感じられます。

つまりバランスウエイトの重い軽いがタッチの重い軽いに直結しています。ですからバランスウエイトの数値をタッチウエイトの指標として使うのは合理的なわけです。

人によってはアップウエイトを基準にタッチウエイトを考えます。アップウエイトの重さがある数値で揃っている方が、ダウンウエイトやバランスウエイトよりも弾いている人には重要である、との観点からです。アップウエイトを例えば25gに設定した上でダウンウエイトをチェックして基準に収まらないものはフリクションが大きすぎると判断し、調整していきます。最終的にはアップウエイトが揃っていて、ダウンウエイトも大体の線には入っている、というやり方です。

逆に私の知る2つの有名なメーカーの生産現場ではダウンウエイトを測定して鍵盤鉛調整をしています。フリクションの管理ができているならば、ダウンウエイトを基準にタッチウエイトを調整してもバランスウエイトやアップウエイトはそれなりに揃っているはずです。

私が使っている、バランスウエイトを基準にしてタッチウエイトを揃える、という鉛調整のやり方は以前の記事で書きましたので、詳しくはそちらを見て頂くのが一番だと思います。このやり方のメリットは、フリクションのばらつきがあってもまずは鉛調整が可能で、その後に必要なフリクション調整をしてもバランスウエイトは変わらないと言う点です。きちっとフリクション調整をすればアップウエイトもダウンウエイトも揃ってきます。

たとえば2つの音があって、両方バランスウエイトが40gで調整されているとします。1つは10gのフリクション、もう一つは何かの都合でフリクションが20gだったと考えてみましょう。一つ目はダウンウエイトが50g、アップウエイトが30g、二つ目はダウンウエイトが60g、アップウエイトが20gです。これを弾いて比べたらどうでしょう。2つ目のほうが重く感じると思われます。なぜなら、静かに押したときに二つ目の方が力が必要だからです。そして、鍵盤の戻りも悪いので動きが悪いという感覚になります。

この場合は同じバランスウエイトであっても二つ目の方が重く感じられます。ということはバランスウエイトを基準とすることはタッチの重さの指標に使えないのでしょうか?

大丈夫、問題なく使えますし、アップ基準やダウン基準よりも安定しています。なぜなら、ダウンウエイトとアップウエイトを測定してフリクションとバランスウエイトを求めれば、両方バランスウエイトは同じで、二つ目はフリクションが大きいために重く感じられるというのがわかるからです。それを調整すれば、これらの二つの音はダウンウエイトもアップウエイトも揃い、同じ感触を持つタッチウエイトに持っていけるのがわかります。

アップ基準やダウン基準で鉛調整をした後、フリクション調整をしますとさらにそのずれを修正するための鉛調整を行わなければならなくなります。なぜなら「Page6:バランスウエイトとフリクション」で見たようにフリクションの数値が変わるとバランスウエイトを中心にしてアップウエイトとダウンウエイトが変わってしまうからです。バランスウエイト基準でやっていればフリクションが変わっても基準は変わりませんが、アップやダウンで基準を設定していると、その基準値が変わってしまいますので、もう一度鉛調整の微調整をやらねばならなくなるわけです。

結果としてどのやり方もちゃんとやれば同じ結果になるわけですが、私は、バランス基準でやるのがもっとも効果的で無駄が少ないと思います。

さて、スタンウッドの公式を利用した、静的なバランスから見たアクションの重さの分析はひとまずここまでです。次回からは慣性モーメントのアクション内での役割とその調整方法を見ていきたいと思います。

2013年11月19日火曜日

タッチを変える Page 10: スタンウッドの公式の計算表


スタンウッドの公式の表計算ファイルは3種類のデータで作られています。

  1. 1つは測定したデータを入力する項目:DW,FW,KR,WW、HSW。スライド内では青色で表示してあります。
  2. 次は自動計算されて表示される項目:BW,F,WBW,R。スライド内では赤色で表示してあります。
  3. もうひとつは参考のためにスタンウッドのマニュアルから調べて入力する項目:FWシーリング値とHSW指標。スライド内では表の右端、茶色で表示してあります。
スライド内の例ではDW51g・UW29gを入力することによってBW40gとF11gが得、KR0.53とWW17.1gを入力することによってWBW9.06gが得、それらとHSW10.9gとFW28.9gを入力することによってR5.49を得ています。

この例からまず読み取れることは、バランスウエイトは標準の中でやや重め側の値、フリクションは良好、アクションストライクレシオは普通、ハンマーストライクウエイトはやや重め、といったことです。ですからタッチウエイトとしては問題ない範囲にあると判断することができます。

たとえばこの時点でバランスウエイトが50gある、というアクションは相当重いアクションと言ってよく、逆に30gだったら軽すぎると言って良いと思います。また、フリクションがこの時点で15g以上あるのであればフレンジや鍵盤ブッシングのスティックがありそうですし、10g以下ならゆるすぎる部分があるのがわかります。それに加えてHSWの値からハンマーの重さが重めなのか軽めなのかや、FWの値から鍵盤鉛の量と動きの鈍さや軽快さを推測することができます。

このピアノはあるホールに入っているコンサートピアノで、もう少し軽く、もう少し軽快に弾けると良いのだが、と注文が出ていて何とかしようと分析しました。現状ではすでにスタインウェイの基準をほぼ満たしているのですが、ここからもう少しなんとかしなければなりません。バランスウエイトを減らす方向で静的なバランスを軽くして、後で詳しく述べる慣性モーメントを減らして動的な抵抗も軽減する、という方向性が見えてきます。フリクションは問題ないので、フレンジの硬さや鍵盤はそのままでも大丈夫だということもわかります。

というように、スタンウッドの公式を作ってみることによって、すでにアクションの性格が分かり、そして、改善するための方向性も同時に見ることができます。

参考のために表示してあるFWシーリング値は、スタンウッドによるその鍵盤のフロントウエイトの限界値で、例に使われている真ん中のC音では30.0gです。この音で30gを超えていると鍵盤に鉛が入りすぎていて動きが鈍くなっているおそれがあると判断できます。この例では28.9gのフロントウエイトですので限界値は超えていないものの、もう少し小さいほうが軽快なタッチとなって良いのでは、と考えることができます。
このデータから、フロントウエイトを減らしながら鉛の位置を変えて慣性モーメントを軽減することで軽快なタッチ感を得られそうであるということが読み取れるわけです。

もう一つはHSW指標で、これもスタンウッドによって考案されたのものです。ハンマーストライクウエイトを各音ごとに重さによって分類し、指標1から指標13まで分類してあります。指標13が一番重いハンマー、指標1は一番軽いハンマーです。例に上げたC4音では、10.9gのHSWでしたが、スタンウッドの表からその音の10.9gを探して見ると指標10に当たることが読み取れます。比較的重めのハンマーと言えましょう。ハンマーの重さを軽くしますとバランスウエイトと慣性モーメントを共に減らすことができるので、少なめを意識しながらもハンマーウッドを削ることが必要であると想定することができます。0.数グラム削って指標9くらいに持って行きたいところです。

スタンウッドによるこれらの資料は計測キットに添付されていますが、彼のウェブサイトからダウンロードすることもできます。

  • HSWについてはhttp://www.stanwoodpiano.com/touchweight.htmの中でhammer weight/strike weight standardsをクリックしてください。
  • FWシーリング値はhttp://www.stanwoodpiano.com/first.htmの一番上の部分にあるThe New Touch Weight Metrologyをクリックするとその記事がダウンロードでき、記事の中にHSWやFWシーリングの表が含まれています。(英語の論文ですがそれらしきものがあるのでわかると思います:鍵盤番号とそれに対応する重さの値が並んでいます)

2013年11月18日月曜日

タッチを変える Part 9: ハンマーストライクウエイトとハンマーストライクレシオ


スタンウッドの公式の最後のパーツはハンマーです。

ハンマーストライクウエイトもウイペンウエイトと同じように、全体の重さではなく右上の写真のようにアクションの中で実際にかかる重さを測定します。フレンジはアクションの中では固定されているので、測定に影響がないよう上に向けて垂直に立てて支持台に載せます。シャンクが水平になるよう支持台を調整して、デジタル秤で数値を読みます。普通6gから13g程度の範囲の数値になるはずです。

アクションストライクレシオは測定ではなく計算によって求めます。
基本の公式 BW+FW=(KR×WW)+(HSW×R) を変形してR=の形に持って行きます。すると、
R={(BW+FW)-(KR×WW)}÷HSW
になることがお分かりでしょう。

BW,FW,KR,WW,そしてHSWはすべてこれまで説明してきたように測定できていますので、この式に当てはめれば計算によってRを求めることができるます。手で計算することはもちろん可能ですが、この後これを利用してタッチを改善する可能性をシュミレーションしていきますので、表計算ソフトを使わないと大変です。

このスライドショーの紹介が全部終わった段階(全30数枚)でこの計算式も含めた表計算ファイル一式を無料で希望者に配布します。希望される方はyuji@jenkinpiano.co.nzまでその旨書いてご請求ください。すでに英語版のスライドショーの時に請求いただいている方にはメッセージを頂かなくともお送りします。

具体的なこの表計算ファイルの使い方については、次のスライドでもう少し解説いたします。

2013年11月17日日曜日

タッチを変える Page 8: ウイペンウエイトと鍵盤比

ここからスタンウッドの公式の右側に移ります。

後ろ側に載っている一つ目の部品はウイペンです。ウイペンウエイトはウイペンそのものの重さではなく、アクションに載っている状態を再現して右上の写真のように測定します。実際にキャプスタンが受け取る重さです。

鍵盤比は鍵盤前側を1としたときのバランスピンとキャプスタンスクリューの距離です。ただし、長さを測るのではなく、重さによってそれを測定します。右下の写真がその様子です。フロントウエイトと同じにセッティングした後、デジタル秤をリセットして表示を0にします。次にキャプスタンスクリューのところに10gのおもりを置いた時のデジタル秤の表示を読みます。この場合普通ー5.5gくらいで出るのですが、これを一桁下げてそしてマイナスを取った数字が鍵盤比です。この例ですと0.55になります。つまりウイペンウエイトが0.55の所に載っているということになります。あるいは、ウイペンウエイト1gが鍵盤手前では0.55gとして働いているということにもなります。

鍵盤の後ろが重い場合は、手前に適当なおもりを載せてから秤をリセットすればOKです。後は同じように測定します。

ウイペンバランスウエイトはこれら2つの値を掛け合わせたものです。

ウイペンはスプリングの太さ以外一台のピアノでは同じなので、実際の作業では一つだけ量れば良く、必要な鍵盤分全部量る必要はありません。

2013年11月16日土曜日

タッチを変える Page 7: フロントウエイト


スタンウッドの公式に現れる2番目の項目はフロントウエイトです。これは鍵盤をその支点(バランスホール中心)で天秤状態に置いたときに鍵盤手前の計量点(鍵盤前端から13mm内側)で測定した重さです。測定にはデジタル秤を使います。

スライドでは、自作のジグを使っていますが、スタンウッドはピアノテック(日本の代理店は渡辺商店)を通じて測定用のキットを販売しています。キットには解説書も付いています。

スライドの右下の写真は支点台に鍵盤を載せたときの様子です。真上から実際に覗き込むと中心線とその両側に白い面が見えます。中心線がバランスホールの中心に来るようにセットします。
スタンウッドのジグではバランスピンを利用して中心を決めていますが、個人的にはピンがあるとその摩擦で数値が変わってしまうので、バランスピンは利用していません。

高音側の鍵盤では手前の方が軽く、上記のやり方だと後ろに倒れて測定できないことがあります。その場合は10g程度の重さのわかっているおもりを使うことによって測定します。まず、鍵盤の載っていない状態で補助おもりとジグをデジタル秤に載せてリセットし(表示がゼロ)、続いて鍵盤を載せてその鍵盤の計量点の真上に補助おもりを載せます。すると鍵盤は補助おもりのおかげで手前が下がったままになり、測定することができます。この場合測定値が8gなどと表示されるので、フロントウエイトは測定値から補助おもりの値、この場合は8-10で、すなわち-2gとなります。

フロントウエイトは後で紹介する慣性モーメント計算表とスタンウッドの公式を結びつける大事な数値です。

2013年11月15日金曜日

タッチを変える Page 6: バランスウエイトとフリクション


順番にスタンウッドの公式の中身を見ていきます。まずはバランスウエイトです。

鍵盤手前に40g位のおもりを載せるとハンマーや鍵盤が動かず釣り合います。この時の重さ40gは正確にはバランスウエイトとは呼びません。なぜなら38gでも42gでもおそらく釣り合っているからです。では、どの数字をバランスウエイトと呼ぶのでしょう。それは、ダウンウエイトとアップウエイトを測定して計算しなければなりません。

40gでもし釣り合っているとして、そこから順々におもりを増やしていきます。41g、42g・・・、するとあるおもりを載せたときに、ひとりでに鍵盤が下がりハンマーが上がっていきます。これを50gだったとしましょう。この50gをダウンウエイトと呼びます。おもりを載せと時にひとりでに鍵盤が降りていくときの重さです。スタンウッドはアクションレールを軽く叩いたときに静かに動き出すときの数値を測定するように言っています。動き出すときの摩擦抵抗は動いている時の摩擦抵抗より少ないからです。

さて、次に40gから39g、38g・・・とおもりを減らしていきます。この場合はおもりを載せた鍵盤を押し下げてジャックが脱進する直前で手を離します。先ほどと同じようにある重さまで減ったところでひとりでに鍵盤が上がり始め、ハンマーが下がり始めます。この時のおもりが30gだったとしますと、アップウエイトが30gである、と呼びます。スタンウッドはアップウエイト計測ののときはアクションレールは叩かないよう言っています。

ダウンウエイトの50gとアップウエイトの30gの間はどのおもりを置いてもアクションは自動的には動かず、釣り合った状態となっています。バランスウエイトはこれらの中間値を取ったものです。つまり、この場合は(50+30)÷2=40gで、バランスウエイトが40gである、と言います。(DW+UW)÷2=BW

バランスウエイトはタッチの重さを決める要素の重要な2つの値の内の一つです。バランスウエイトが大きいと重く感じ、少ないと軽く感じます。この値を測定し、調整することでタッチの重さを意識的に変えることができるわけです。どのように変えるのかやどのくらいの値が目安なのか、などについては後の方で別途説明いたします。

ダウンウエイトとアップウエイトの差を2で割ったもの、例の場合ですと(50-30)÷2=10g、この10gがフリクションです。バランスウエイトから上下10gずつフリクションがあるので、アクションが動き出しません。10gを超えたときに動き出します。この10gはフレンジのセンターピンとブッシングクロスの摩擦抵抗や鍵盤ブッシングとキーピンの摩擦抵抗などが含まれます。普通快適に弾くためには10gから15gのフリクションが必要とされています。10gより少ないとスカスカなタッチになっていしまい、15gより大きいと抵抗感がありすぎたり、スティック状態になってしまいます。(DW-UW)÷2=F、あるいはDW-BW=FまたはBW-UW=Fとも書くことができます。

冒頭でタッチを調整する要素の一つとしてフリクションを上げましたが、このようにDWとUWの計測をすることによってその値が求められますので、この数値が大きすぎたり小さすぎたりするときはフリクションの調整を作業に含めなければならないというのがわかります。どの部分を作業すればよいかは追々わかってきます。

なお、スタンウッド方式では88鍵それぞれに適切なフリクション領域が設定されています。低音はやや大きめで、高音に行くに従って小さい値となっていきます。普通の技術者で、普通の仕事をするならばそこまで精密に調整する必要はないと思います。しかし、タッチ感にうるさい専門家の仕事をするときはそのくらいの精度を追求しないと納得してもらえない場合があるかもしれません。フレンジ用のトルクゲージを使って測定したり、鍵盤のフリクションを調べるやり方もありますが、ここではそこまで深入り致しません。

2013年11月14日木曜日

タッチを変える Page 5: スタンウッドの公式


上の図はスタンウッドのウェッブサイトに公開されているものです。グランドピアノのアクションを3つのてこが連結されたものととらえて、それらのてこを1つのてことしてシンプルに分かりやすく模式化してくれました。

画面一番上に提示した式がスタンウッドの公式で、これからどのように利用できるのか解説していきます。この式を見ただけで「うっ、もうたくさん」と感じる方もいるかもしれませんが、ここを通り抜けないと話が進みませんので申し訳ありません、お付き合いください。

公式は=マークで左右がつながっています。左側と右側は等しい(釣り合っている)というのです。そして、=の左側はアクション全体の支点であるバランスピンから見て手前側(下の一本てこモデルでは左側)にかかる重さが載っています。=の右側は同じようにバランスピンの奥側(図では右側)にかかる重さが載っています。

てこの左側にはバランスウエイトとフロントウエイトが載っています。式にもBWとFWとして左側に置いてあります。この2つがバランスピンより手前に載っている重さです。フロントウエイトは鍵盤単体でバランスさせたときに前側にかかる重さで、量り方は後述しますが。高音側の鍵盤では前側が軽く、後ろ側に重さがかかることがあります。
バランスウエイトは、普通の状態ではかかっていない重さです。実際にやってみるとわかるのですが、鍵盤手前にある程度のおもり(30から40グラム)を載せたときに、ハンマーも鍵盤もどの位置でも止まったまま動かない状態になります。その重さを言います。上の図では黄色いおもりが鍵盤手前に載っています。

てこの右側にはウイペンとハンマーが載っています。式ではウイペンの分として鍵盤レシオとウイペンウエイト、ハンマーの分としてハンマーストライクウエイトとアクションストライクレシオに分けて書かれています。鍵盤のフロント側の長さを1とするとウイペンが載っている位置は通常0.5の辺りです。これを鍵盤比と呼び、この図では0.5としています。そこにウイペンの重さがかかっています。そして、ハンマーは鍵盤比とウイペン比そしてシャンクそれぞれの出力/入力比が合成されたアクションストライクレシオのところにハンマーの重さがかかっています。この図ではストライクレシオが5.0としています。

図の例では、てこの右側にウイペンの分として10g(ウイペンウエイト20g×鍵盤比0.5)とハンマーの分として50g(ハンマーストライクウエイト10g×ストライクレシオ5.0)がかかっているので合計60gの重さがかかっています。

てこの左側にはフロントウエイトの20gがかかっていますので、40gのおもりを載せるとこのてこが釣り合ってくれるわけです。この40gのおもりがバランスウエイトです。

このように目の前にあるアクションを測定してスタンウッドの公式で見てみるとアクションの性格が具体的にわかってきます。たとえばこのピアノはてこが長いけれども軽いハンマーを使っているので、わりかしバランスの良いタッチに仕上がっているなとか、こちらのピアノはてこが長い割りに重いハンマーを使っているので、フロントウエイトを重くしてバランスを取ろうとしているけれども、ちょっと重過ぎて、動きがわるくなっているのではないか、のような感じです。

使い方を理解して経験を積んでいくと、この段階でどのような作業をしていけばタッチを改良できるか見えてきます。

2013年11月13日水曜日

タッチを変える Page 4: 5つに分類する


3枚目のスライドでは、いろいろとできることを並べてみました。それをまとめると5つに分類することができます。

1つ目はスタンウッドシステムを利用することによりアクションの性格を浮き彫りにすること。これでアクション部品の重さのバランスやアクション比などがわかり、各部の寸法や重さの調整に進むことができます。後で詳説することになりますが、タッチウエイトを決める重要な要素の一つ、バランスウエイト値をこれで設定します。

2つ目はアクション内の接触摩擦抵抗を調整することです。これはスタンウッドシステムでの計測で全体像をつかみ、各部分ごとにチェックすることになります。フレンジや鍵盤ブッシングのスティック、バランスホールの固さ、ローラーの形状や磨耗具合、キャプスタンスクリューとウイペンヒールの摩擦具合など基準値のあるものは基準値に入るよう調整し、摩擦を軽減したいところは潤滑剤を使って動きをスムーズにするなどします。

3つ目は私の開発した方法で慣性モーメントの値を求め、そちらからの視点から各部の重さと長さの比を詰めていきます。慣性モーメントとは物体がトルクを加えられて回転運動させられるときに働く抵抗で、スタンウッドシステムで求めるタッチの重さとは違った種類の重さです。それぞれ別々なアプローチが必要ですが、最終的な作業では共通項も多く、双方を考えながら作業内容を決定していくことになります。

4つ目はアクションの基本位置のチェックをします。これは本来一番始めにやらねばならないことですが、今回の講義では時間の関係上焦点を当てませんのでこの位置にあります。シャンクとウイペンの位置関係、マジックラインなどの調整がここに入ります。

最後のカテゴリーは、タッチの重さを調整するために開発された部品や器具を利用して改善する方法です。磁石やスプリングを効果的に使ってタッチ感を調整することができます。(講義では深入りしませんが、興味のある方はブログの以前の投稿(第2章など)をご覧になってください)

次のスライドではスタンウッドシステムについての説明に入っていきます。

2013年11月12日火曜日

タッチを変える Page 3: タッチを軽くしたり、重くしたりする方法は?


タッチを重くして欲しい、軽くして欲しいと言われたときに何をどのようにチェックしますか?どのように修理すればどの位タッチが変わるのかピンとくるでしょうか?

フレンジがスティックしているか、鍵盤ブッシングがスティックしているか、などチェックして、それを修正するのは誰もが思いつくと思います。摩擦部分に潤滑剤を塗布して見るとか、整調をチェックする人もいるかもしれませんし、調律や整音で何とかしてみようとする人もいるでしょう。人によってはダウンウエイトとアップウエイトを測定して鍵盤鉛調整をお勧めするかもしれません。

ちょっと、待ってください!それ以外にもまだまだできることがあります。やってみたけどあんまり変わらないな、を何回繰り返しても最終的に目的を達成できる保障はありません。

アクションのしくみを理解して、チェックすべきところをチェックして、作業すべきことを作業する。見当違いのことをやるのは効果的ではありません。必要最小限の作業をするのが良いはずです。では、どのようにチェックしたら的確にやるべきところを発見して修正できるのでしょうか。アクションの何を知れば、効率の良い作業を組み立てることができるのでしょう。

それを理解いただくのがこの講義の目的です。ただし、タッチの軽い重いはなにぶん個人差があるのと、テーマを広げすぎないため、アクションの物理的な重さや感じに焦点を当てて説明いたします。整調はまずまずの状態であることを前提にします。調律や整音由来の重い軽いの感じはここでは考えません。

2013年11月11日月曜日

タッチを変える Page 2:講義の概要





タッチの重さや弾いた感じを変えて欲しいと言う要望は、ピアノ技術者であれば少なからず相談を受けた経験があるものです。では、それに対して、どのような対応をしているでしょうか?どのような手段を手持ちの駒として持っているでしょうか。

この講義では鉛調整をやって良しとするレベルではなく、もっとアクションの深い理解を元に本当に役立つタッチの調整について紹介していきます。

大きな鉛を両側に入れた鍵盤、ハンマーを変わったやり方で計量している様子、細かく切断分解されたウイペン、そして鍵盤の重さの動きを示した図、これらはこの講義で提案していくやり方の一部ですが、ほとんどの人には目新しい光景だと思います。

スタンウッド方式によってアクションの静的なバランスを分析して、その上で私の開発した慣性モーメントの計算によってアクションの動的な抵抗感を調整し、問題のあるアクションをできるだけ顧客の要望に答えることのできるアクションへと改善していきます。

2013年11月10日日曜日

タッチを変える Page 1: (スライドショー・タイトル)グランドピアノのタッチを意識的に作り上げる

訪問されたみなさん、こんにちは。ひさびさに新しい記事をアップしていきます。

今回アップしていくのは先月シドニーで行われたオーストラレージアンピアノ調律師・技術者協会(APTTA)コンベンションで私が発表した講義の日本語版です。ほとんどそのままのスライドですが、日本語に書き換えました。解説をつけて順々にアップしていきますので、お楽しみください。

アクションやスタンウッドに関する基礎知識は以前の投稿に解説してありますので、それらに関してわからないところはあらためて詳説いたしませんので、そちらをご参照ください。

今日はタイトルページです。