これまであまり分析されてこなかったグランドピアノのタッチウエイトですが、スタンウッドの研究を機に最近は次々と新しい研究が発表されるようになってきました。私も独自の研究を踏まえてそこに参加しています。その成果を少しでも広めようとこのブログを継続し展開していくことにしました。 ピアノ技術者向けの内容ですが、一般の方にもわかるような内容を目指したいと思います。
2013年12月6日金曜日
タッチを変える Page 27: 鍵盤の慣性モーメント調整の限界値
鍵盤は細長い形状をしているので、慣性モーメントを調整する幅が大きいことは書きました。では、いったいどのくらいの範囲でできるのでしょうか、あるいはピアノによって差があるのでしょうか。私の慣性モーメント計算表で試算した数値で比較してみます。一つは同じピアノで音域による違い、もう一つはピアノの機種による違いです。
まずは同じピアノでの違いを考えてみます。小さめの楽器ですと、鍵盤の長さは低音から高音まで同じで、音域によって入っている鉛の数が変わるので慣性モーメントはそれに応じて変化しますが、全体としてそれほど大きな違いは出てきません。しかし、大きい楽器、たとえばコンサートピアノでは弦長と打弦点の関係から鍵盤が長く、特に低音の鍵盤は高音に比べより長くなっているので、鍵盤の長さが一鍵一鍵異なっています。
この例として、スタインウェイのコンサートピアノを調べてみます。上の表にある通り、低音の下から2番目のC音、中音の真ん中のC音、そして、次高音のC音を比較します。
低音のC2(下から2番目のC音の意味)ではオリジナルの鍵盤で68100gcm2 ありました。この鍵盤には鍵盤手前の方に鉛がまとまって入っているため慣性モーメントを増やす方向では1600gcm2 しか調整幅が取れません。もちろん、オリジナルの状態で十分重く動きづらいので、これをもっと動きづらくしてほしいという要望はないものと思います。軽くする方向では8200gcm2 減らすことが可能です。調整幅は9800gcm2 あることになります。
中音のC4音(真ん中のC音)はオリジナルの鍵盤で52700gcm2 ありました。この音にも鍵盤手前に鉛が集中していたので慣性モーメントを増やす方向では1600gcm2 しか調整幅が取れません。軽くする方向では6600gcm2 減らすことが可能です。調整幅は8200gcm2 あることになります。
次高音のC6音はオリジナルの鍵盤で46500gcm2 ありました。この音も慣性モーメントを増やす方向では700gcm2 しか調整幅が取れません。軽くする方向では5800gcm2 減らすことが可能です。調整幅は6500gcm2 あることになります。
この3つの音の鍵盤を比べるとC2が一番長く、C4が中くらい、C6は一番短いので、慣性モーメントの調整幅はそれに応じて小さくなっています。鍵盤が短いと鉛を入れることのできる場所が狭いのと、入れるべき鉛の量が少ないので、このようになります。また、ハンブルク・スタインウェイの鉛入れは基本的に端に寄せるようにするため、慣性モーメントをそれ以上増やすことは、やってやれないことはないですが、普通やりません。反対に減らす方向にはかなりの余地があります。そして、軽くしたいという要望は多いと思われるので、それを満足させるには十分な余地があるといえます。
ちなみに同じスタインウェイでもニューヨーク製の楽器は鉛をバランスピンに寄せるのと、鍵盤をかまぼこ型のバランスブロックに載せるのとで、アクセラレーテッドアクションと銘を打ってアクションの動きの軽さをセールスポイントに置いています。慣性モーメントの影響を積極的に取り入れている実例です。
ピアノの大きさによって鍵盤の長さがだいたい決まってきます。どのメーカーも似たようなタッチウエイトとスケールデザインになるので、似たような長さの機種ならば必然的に鍵盤の長さも似たようなものになります。バランスピンからの距離が似たような数値ならば慣性モーメントも似たような数値になってきます。ここでは、中央のC音について4機種を比べてみます。
1つ目は上で使ったスタインウェイのコンサートピアノです。これはオリジナルの鍵盤で52700gcm2 、重くする方向では1600gcm2 、軽くする方向で6600gcm2 の調整ができ、合計で8200gcm2 の幅がありました。
2つ目はベヒシュタインのモデルAです。これはオリジナルの鍵盤で29600gcm2 、重くする方向では1500gcm2 、軽くする方向で4500gcm2 の調整ができ、合計で6000gcm2 の幅があります。コンサートピアノよりは小さいピアノのため調整幅が少なめです。
3つ目はヤマハのC3、時代によって少し違うかもしれませんが、身近にあったものを計測しました。オリジナルの鍵盤で33500gcm2 、重くする方向では1500gcm2 、軽くする方向で3500gcm2 の調整ができ、合計で5000gcm2 の幅があります。ベヒシュタインと同じようなサイズなので、同じような数値が出てきました。
4つ目は参考のためのアップライト、カワイK30Eです。オリジナルの鍵盤で6000gcm2 の値です。重くする方向では大きな鉛を前後ろ等距離に2つずつ入れるとして14700gcm2 、が可能としておきました。もっと重くすることも可能ですが、あまり現実的ではありませんのでそこで止めてあります。この手法については次のスライドで詳しく説明します。軽くする方向は肉抜き加工する以外調整できません。
小・中型のグランドではタッチを重くして欲しい人もいれば軽くして欲しい人もいると思われます。鍵盤のこの数値を見るとそれらのピアノは十分にその要望に答えることのできる調整幅を持っていると言えそうです。アップライトは重くして欲しいという場合が多く見受けられますので、これもうまく満足してもらえることができると思います。
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