2013年12月1日日曜日

タッチを変える Page 22: バランスウエイト・慣性モーメント設定手順


今回は3つの表をたてに並べました。一番上がスタンウッドの公式計算表、二段目がフロントウエイト計算表、そして3段目が慣性モーメント(鍵盤)計算表です。

この例に使ったシュミレーションは、顧客からの要望により、アクションを少し軽く、そして少し動きやすくするのが目標です。いろいろなアプローチができるわけですが、ここでは単純に「こんなことができる」という例としてお考えください。

まず始めにスタンウッドの公式計算表を作ります。オリジナルのアクションを始めの方のスライドで紹介した通りのやり方で測定し入力します。この例ではオリジナルのバランスウエイトが40gでした。標準の重めの方ですがもう少し軽く、という要望ですので38gあたりを狙うつもりでシュミレートしました。フロントウエイトは28.9gで、スタンウッドのフロントウエイトシーリング値の30gより約1g少なめです。慣性モーメントを効果的に下げるためにはこれをもう少し下げることができると良いはずです。

ここから、シュミレーションが始まります。実物に手を加えなくとも何をしたらどのような効果が上がるのか見当がつきます。ここで使える駒は多くはありませんが、何かしらの効果を期待できます。たとえば、この場合はタッチを軽くしたいわけですからバランスウエイトを減らすことのできることをやってみます。たとえば、ハンマーストライクウエイトを減らす、アクションストライクレシオを下げる、鍵盤鉛調整を行いバランスウエイトとフロントウエイトの関係を変える、などです。このアクションではフリクションが11gなので、その調整は必要ありません。

スタンウッドの公式2段目はハンマーストライクウエイトを0.4g減らした(ハンマーの木部を削った)と想定したシュミレーションです。オリジナルで10.9gあったハンマーストライクウエイトを10.5gにしました。この場合他の項目、アクションストライクレシオやウイペンフロントウエイトは変わりませんので、バランスウエイトだけ変わります。計算でいくと0.4g×5.5=2.2g、ハンマーが軽くなってそれが5.5のストライクレシオで換算されて、バランスウエイトが減るはずです。

これだけでも38gのバランスウエイトは達成されそうですが、フロントウエイトは変わらず慣性モーメントの効果がもの足りません。ハンマー由来の等価慣性モーメントは小さくなりますが、もう一押し何かしたいところです。

そこで、バランスパンチングクロスを半分に切ってバランスピンの後ろに置く、という作業を想定してみます。これはスタンウッド方式では良く知られた手法で、ストライクレシオを0.4くらい下げることができます。スタンウッドの公式3段目です。5.5あったレシオを5.1に変えてみます。この表ではレシオに計算式が入っていますので、そのように変えるためにはダウンウエイトとアップウエイトの数値を変えてそのレシオになるような組み合わせを得ます。この時にフリクションの値が変わらないような組み合わせを考えます。ウイペンやフロントウエイトなどはこの作業によっては変わりません。

10.5gのハンマーでレシオが0.4下がるのですから、10.5×0.4=4.2gバランスウエイトが減るはずです。そこで、ダウンウエイトとアップウエイトをそのように変えるとバランスウエイト34gを得ます。

34gのバランスウエイトは少し下がりすぎですので、それを設定値の38gにするために鍵盤鉛調整をします。

鍵盤鉛調整は一般的にタッチを軽く(重く)するためと信じられていて、これさえすれば良いと考えられている節があります。しかし、スタンウッドの公式を元に良く考えてみると本当の意味はそれとは異なるということがわかります。では実際鉛調整とは何なのでしょう。

鍵盤鉛調整は鍵盤に鉛を入れたり出したりしてダウンウエイトやアップウエイトを調整する作業です。この作業では、ウイペンやハンマー、ストライクレシオは全く変わらない、というところにご注目ください。スタンウッドの公式の右辺は変わりません。とすると左辺だけが変化することになります。といっても左辺の合計値は変わらないはずです。

つまり、鍵盤鉛調整はバランスウエイトとフロントウエイトの合計値を変えずに、それぞれの値の組み合わせを変える作業であると言えるわけです。例えばタッチウエイト(バランスウエイト)を4g軽くしたい時は、鍵盤手前に鉛を入れてそれを実現します。ダウンウエイトが52gだったものが4gの追加のおもりによって48gで動き出すようになるわけです。しかしこの場合、4gフロントウエイトが増えています。鉛を鍵盤手前に入れているわけですし、スタンウッドの公式によって示されている通り、左辺の合計値は変わらないはずだからです。この時鍵盤の慣性モーメントが増えていることにご注目ください。ダウンウエイトが減ったので、ゆっくり押し下げたときには軽くなった感触は得られますが、実際に弾いてみると慣性モーメントが増えた分、動きづらくなった感じが出ます。数字を見て軽くなったと信じてしまうわけですが、実際に弾き手から見ると動きが悪くなった分、さほど軽くなっていないと感じられることでしょう。

逆にダウンウエイト45gのアクションでは、鉛を4g分抜くと49gまで重くなります。この場合はフロントウエイトが4g分軽くなっているわけです。この時には鉛を抜いていますので、慣性モーメントは減っています。静かに押したときのタッチ感は重くなりますが、動きが軽くなります。この例ですと、40gだったバランスウエイトを38gに減らすことですでに「もう少し軽く」の目標を達成していますから、残りの分で慣性モーメントを減らしたほうが「もう少し動きやすく」を実現するために効果的であることがお分かりでしょう。

上の例では34gに下がりすぎてしまったバランスウエイトを当初の予定である38gに戻すために鍵盤鉛調整をし、それによってフロントウエイトを4g意図的に減らそうという狙いです。そうすれば慣性モーメントを効果的に減らすことができます。ここではフロントウエイトが24.9gに減りました。フロントウエイトシーリング値と比較すると約5g少ない値となっていますので、その効果が期待されます。

上記のシュミレーションで推定フロントウエイトの24.9gを得ることができました。次に慣性モーメント計算表を使って鉛の配置をシュミレートします。前回のスライドで説明したように、フロントウエイト実測値と計算値で2.2gの誤差がありましたので、推定フロントウエイトの24.9gから誤差2.2gを引いた22.7gのフロントウエイト計算値を得られる鉛の配置を調べます。慣性モーメント表では入力された鉛の位置や重さによってフロントウエイトと慣性モーメントのそれぞれが算出できますから、フロントウエイト計算表の欄を見ながらそれが22.7gになるようにモーメント計算表の鉛の位置と質量の数値を入れ替えます。

慣性モーメント計算表2段目(B列)では最低値を求めてみました。慣性モーメントはオリジナルの50400gcmから41200gcmに下がります。18%の減少です。フロントウエイトは22.7gに計算されています。かなり効果的ではありますが、実際の作業を考えますと既存の鍵盤鉛を全部抜いて埋めて、新たに全部の鉛を入れなおさなければなりませんので手間はかなりかかりそうです。

そこで、実際の手間が少なくて済む配置を考えてみます。これが3列目(C列)です。一番外側の鉛だけ抜き、バランスピンに近い場所にバランスウエイトをチェックしながら入れなおす、という方法です。この作業で得られる慣性モーメントは44700gcm2 、11%の減少という結果が得られます。もちろんこれも22.7gのフロントウエイトが実現しています。このやり方ですと、一番外側の鉛をあらかじめ抜いておいてから、バランスウエイト基準の鉛調整をすれば良い訳で、通常のやり方とあまり変わらない時間で作業することができます。(中村式の鍵盤鉛調整法については過去の記事、第10章 http://yujipiano.blogspot.co.nz/2012/12/blog-post_10.html の1から4をご覧ください)

これで、バランスウエイトを2g減らし、鍵盤の慣性モーメントを11%あるいは18%減らすことができる方法を得ました。当初目標としたタッチをもう少し軽く、そしてもう少し動きやすく、を実現できそうです。

この段階ではアクション実物に何も手を入れていません。しかし、すでに何をすれば良いのか、どんな効果が期待できるのかがわかりました。あとは実際に作業していくだけです。もちろん、これは推定ですから、実際の作業に当たってはチェックなしで全部やってしまうのではなく、ポイントごとにチェックして確認・方向修正をしながら進めていきます。

この音全体の慣性モーメントの変化は次のスライドで検討します。

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