これまであまり分析されてこなかったグランドピアノのタッチウエイトですが、スタンウッドの研究を機に最近は次々と新しい研究が発表されるようになってきました。私も独自の研究を踏まえてそこに参加しています。その成果を少しでも広めようとこのブログを継続し展開していくことにしました。 ピアノ技術者向けの内容ですが、一般の方にもわかるような内容を目指したいと思います。
2013年11月25日月曜日
タッチを変える Page 16: 鍵盤の慣性モーメント
鍵盤は一本の棒状であるため、単純な構造と言えますが、細長くいろいろな付属物が付いているので慣性モーメントを求めるには少々手間がかかります。基本的には小さい部分に分けてそれぞれの値を合計する、というのは同じです。ここでは上図にあるモデルで説明します。
木部は6分割してあります。それぞれの質量はm1, m2, m3, m4, m5, m6 です。回転中心からの距離はs1, s2, s3, s4, s5, s6 とします。鍵盤前側には鉛が一個入っていて、質量がmL 、距離がsL です。鍵盤後ろ側にはキャプスタンスクリューがあります。この質量はmC 、距離がsCです。鍵盤手前にWPという点がありますが、これは鍵盤ウエイト測定点で、慣性モーメントの算出には直接関係ありませんが、後のアクションウエイトの分析の時使うことになるので、図に入れています。
これらの部分を一つ一つ計算して合計します。すると、図の中にもあるように、
MoI(K) = m1(s1)2 + m2(s2)2 + m3(s3)2 + mL(sL)2 + m4(s4)2 + m5(s5)2 + m6(s6)2 + mC(sC)2
という式になります。長くておどろおどろしい式ですが、単純に全部足しているだけです。実際のピアノではこれが20項目近くありますので、根気の要る作業です。もちろん表計算ソフトを活用しますので表さえ作ってしまえば楽ですが、表に計算式を入れたりチェックしたりするのは少し手間がかかります。
鍵盤は一台の中でも個々の鍵盤により数値が違います。白鍵と黒鍵でも違いますし、高音と低音でも違いがあります。特に鍵盤の長さが低音から高音にかけて短くなっているような機種(大きめのピアノ)では低音と高音でかなり異なります。
いくつか例を上げてみますと、あるホールにあるスタインウェイのコンサートモデルでは白鍵最低音が72000gcm2 、真ん中のC音が50400gcm2 、最高音部の黒鍵A#音は25600gcm2 でした。実に大きな違いがあるのがわかります。黒鍵は短いので理論からもわかるように慣性モーメントの値は白鍵に比べてかなり小さくなります。低音は鉛も多く鍵盤も長いので慣性モーメントは大きく、高音は鉛が少なく鍵盤も短いので慣性モーメントは小さめです。
他のモデルを見てみますと、普通のグランドピアノの一つであるヤマハのC3の真ん中のC音では31000gcm2 で、上記コンサートグランドよりかなり小さくなっています。極端な例として、カワイのアップライトK3での同じC音を上げてみますと、なんと6000gcm2 しかありませんでした。数値だけみてもちょっと軽すぎて心地よい抵抗感を持つタッチにはならないのでは?という気がしてしまいますね。反対に先ほど上げたスタインウェイのコンサートピアノは,、数値から見るとかなり重いように見受けられるので、普通の人にとっては抵抗感がありすぎてコントロールするのは難しいのではないかという疑問も湧いてくるでしょう。
慣性モーメントの数値が大きいと角加速度を与えるのにより大きなトルクを与えないといけないので、それが大きいグランドピアノのタッチは一般に重いという人が多いのが理解できます。たとえバランスウエイトが普通であっても弾いてみるとそのように感じるわけです。
アップライトの鍵盤の慣性モーメントは小さいので、小さなトルクで弾けて良いわけですが、ちょっと大き目のトルクを与えても、「ため」がないので鍵盤がすかっと動いてしまい、弾き心地という点で見ると軽すぎると感じる人が多いのではないでしょうか。
タッチの重さを決める2番目の要素である、慣性モーメントについて感覚的にそしてその計算方法を理解していただけたでしょうか?人によって心地良く感じるタッチの重さは違いますが、ある程度その範囲は絞れてくるでしょう。その範囲にその弾き手に合わせて意識して調整していければしめたものです。これまで上げてきたやり方でバランスウエイトは数値化でき、慣性モーメントも数値化できるわけですから、それらをどのくらいの量調整すればその弾き手が満足するか、それを実際に数値として加減できるこの技術はタッチのコントロールに非常に威力を発揮します。
次のスライドでは具体的な鍵盤の慣性モーメントの計測方法を説明します。それ後はこれらの数値をどのように調整していくのか、という領域に入っていきます。
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